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東京地方裁判所 昭和53年(刑わ)469号 判決

主文

被告人を懲役三年六月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

押収してある会員証一六枚の各偽造部分を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五〇年一月ころから同五一年九月ころまで、土浦開発株式会社に営業担当者として勤務していたものであるが、同会社の経営するゴルフコース「土浦カントリー倶楽部」の会員証を偽造してゴルフ会員権譲渡金等名下に金員を騙取しようと企て、

第一  別紙犯罪一覧表「詐欺関係」欄記載のとおり、昭和五〇年六月ころから同五一年九月初旬ころまでの間、前後一六回にわたり、東京都中央区新川二丁目一二番八号東京シヤリング株式会社東京営業所ほか一二か所において、河野典男ほか一五名に対し、自らまたは情を知らない西村昭雄らを介し、真実は、同倶楽部に入会させる手続をとる意思も正規の会員証を引渡す意思もなく、あるいは被告人において会員権譲渡金等を立替えた事実も(同表番号10)ないのに、いずれもあるように装い、同表「被害者」欄記載の河野典男ほか一五名をして、真実同倶楽部に入会でき、あるいは被告人において会員権譲渡金等を立替えた(同表番号10)ものと誤信させ、同五〇年九月中旬ころから同五一年九月八日ころまでの間、前後一七回にわたり、前記東京シヤリング株式会社東京営業所ほか一〇か所において、河野典男ほか一五名からゴルフ会員権譲渡金、同名義書替料(同表番号13)あるいは立替金(同表番号10)名下に現金合計一、七六〇万円の交付を受けてこれを騙取し

第二  第一記載の各犯行を隠蔽するため、別紙犯罪一覧表「偽造・行使関係」欄記載のとおり、昭和五〇年一〇月中旬ころから同五一年一二月中旬ころまでの間、前後一六回にわたり、東京都中央区八重洲一丁目四番一八号イセビル所在土浦開発株式会社事務所ほか二か所において、行使の目的で、勝手に、あらかじめ窃取しておいた前記土浦開発株式会社代表取締役木下俊雄名義の前記倶楽部会員証用紙一六枚を用いて、その会員名欄に、同表「会員名」欄記載の各氏名を、島川信男をして毛筆で記載させ(同表番号1、3ないし10)あるいは被告人において筆ペン(同表番号2、11ないし14、16)または毛筆(同表番号15)で記載し、その会員種別欄に同表「会員種別」欄、その表面上部欄外に同表「証券番号」欄、裏面欄外に同表「入会年月日」欄、「入会金額」欄各記載のとおりの各ゴム印を押捺し、右木下の名下に偽造の同会社代表者印を各押捺し、もって、同会社代表取締役木下俊雄名義の前記会員権及び入会金返還請求権を化体している有価証券である前記倶楽部会員証一六通を偽造したうえ、同五〇年一〇月中旬ころから同五一年一二月下旬ころまでの間、前後一五回(同表番号13、14は二通の一括行使)にわたり、同都千代田区神田佐久間町三丁目二四番地鈴信美術印刷株式会社ほか一三か所において、鈴木信也ほか一三名に対し、右各偽造会員証をいずれも真正に作成されたもののように装い、手交または郵送して行使し

第三  昭和五〇年一一月下旬ころ、東京都港区高輪三丁目一三番一号高輪プリンスホテル客室において、行使の目的で、勝手に、前記第二記載と同様の用紙一枚を用いて、島川信男をして、その会員名欄に毛筆で「山野敏文」と記載させ、被告人において、その表面上部欄外に「SS0576」、その裏面欄外に「金六捨萬圓」と各ゴム印を押捺し、右木下の名下に偽造の同会社代表者印を押捺し、もって、同会社代表取締役木下俊雄名義の前記第二記載と同様の性質を有する有価証券である同倶楽部会員証一通を偽造し、昭和五一年一二月二〇日ころ、同都葛飾区亀有五丁目一二番一二号永川ゴルフショップ店において、福田ひろ子に対し、真実は、同倶楽部に入会させる手続をとる意思も正規の会員証を引渡す意思もないのに、あるように装い、「六〇万円で土浦カントリー倶楽部の会員権を売りたい人がいる」などと嘘をつき、さらに、同月二一日ころ、同所において、同女に対し、右偽造会員証を真正に成立したもののように装い、山野敏文名義の白紙委任状とともに手渡して行使し、同女をして、同会員証は真正なものであり、真実同倶楽部に入会できるものと誤信させ、よって、その場で、同女よりゴルフ会員権譲渡金等名下に現金六〇万円の交付を受け騙取し

第四  昭和五一年六月ころ、東京都中央区銀座六丁目七番九号丸善ビル五階クラブ「ハンドレット」において、岡本篤子から、同店における飲食代金の支払を請求されるや、その支払いを不法に免れようと考え、同人に対し、真実は同倶楽部に入会させる手続をとる意思も正規の会員証を引渡す意思もないのに、あるように装い、「飲食代金は、河村潔名義の土浦カントリー倶楽部の会員権と相殺勘定にしてくれ。一二五万でいい」などと嘘をいい、さらに、同年九月上旬ころ、千葉県佐倉市上志津一丁目二七二番地の被告人方において、行使の目的で、勝手に、前記第二記載と同様の用紙一枚を用いて、その会員名欄に、筆ペンで「岡本篤子」と記載し、その表面上部欄外に「0288号」、その裏面欄外に「入会年月日昭和37年5月10日」「金弐拾萬圓」各ゴム印を押捺し、右木下の名下に偽造の同会社代表者印を押捺し、もって、同会社代表取締役木下俊雄名義の前記第二記載と同様の性質を有する有価証券である前記倶楽部会員証一通を偽造し、そのころ、前記「ハンドレット」において、右岡本に対し、右偽造会員証を真正なもののように装って手渡して行使し、同女をして、真実同倶楽部会員権を取得できたものと誤信させ、よって、その場で、同女をして前記債権等一二五万円と相殺させてその支払を免れ、同金額相当の財産上不法の利益を得

第五  昭和五二年二月中旬ころ、および同年三月上旬ころの二回にわたり、前記被告人方において、行使の目的で、勝手に、前記第二記載と同様の用紙合計一〇枚を用いて、別表記載のとおり各ゴム印を用いてその会員権別欄に会員種別、表面上部欄外に証券番号、裏面上部欄外に入会年月日及び入会金額を、右木下の名下に、前記偽造代表者印をそれぞれ押捺し、もって、同会社代表取締役木下俊雄作成名義の、前記第二記載と同様の性質を有する有価証券である前記倶楽部会員証一〇通を偽造し、同年二月中旬ころ、東京都中央区銀座四丁目六番一一号喫茶店「オリエント」において、宮本久男に対し、右偽造にかかる会員証のうち一通を、同年三月七日ころ、同区銀座一丁目七番一二号喫茶店「白十字」において、同人に対し、残余の前記偽造にかかる会員証九通を、それぞれ真正に成立したもののように装って手渡して行使し、その買取り方を求め、同人をして右会員証は、いずれも真正なもので財産的価値の高いものであると誤信させ、よって、その場で、同人から、右会員権代金名下に、いずれも株式会社現代通信社振出にかかる金額九〇万円の約束手形二通の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、本件会員証は、単なる私文書であって、有価証券ではないと主張し、その理由を詳述するが、その要旨は、

刑法上、有価証券とは財産権を表彰する証券であってその証券に表示された権利の行使又は移転に証券の占有を必要とするものと解されるところ、本件会員証は右の要件を具備していない。すなわち、本件会員証に表示されているゴルフ会員権の主な内容はゴルフ場施設の優先利用権と預託金返還請求権であるが、前者については、いわゆる「パス券」によって権利の行使がなされ、後者については、事実上権利が行使されることはないので、その権利の行使に本件会員証の占有を必要とするとは言えない。またゴルフ会員権を移転するには、本件会員証の外に入会申込書、譲渡承諾書、委任状、印鑑証明書等の書類をゴルフ倶楽部に提出したうえ、同倶楽部理事会の承認を得ることが必要とされ、またゴルフ倶楽部によっては、入会資格について、国籍、年令等による制限を設けているところもあるなど、ゴルフ倶楽部会員権は、会員証のみによって移転するものとはいえない。以上要するに、ゴルフ倶楽部会員権は、その権利の行使及び移転のいずれについても会員証の占有を必要としないものであるから、本件会員証は有価証券とはいえない。というのである。

二  よって判断するのに、刑法における有価証券の概念は、必ずしも商法等民事法上の有価証券の概念と一致するものではなく、民事法上の有価証券概念を基礎としながらも、その証券の真正性に対し、単なる私文書以上に特別の厚い保護を要するか否かという刑法独自の観点から画定されるべきものであり、従って、現実の取引社会において、経済的価値をもって流通する証券については、権利化体性の面では若干疑義を残すことがあり、また善意取得や公示催告手続の対象とすることが疑問視されるものであっても刑法上、有価証券として保護に値する場合もありうるのである。ところで、刑法にいわゆる有価証券とは、財産権を表彰する証券であって、その証券に表示されている権利の行使または移転に通常その占有を必要とするものを指称するのであるが、その証券上の権利が、証券の記載内容からは、必ずしも明瞭とは言い難い場合であっても、取引上の慣習と相まって、その権利が証券に表彰されているものと同様に取引の客体とされるものも含まれると解されている(最判昭和三四年一二月四日刑集一三巻一二号三一二七頁)。

これを本件についてみると、前掲の証拠によれば、土浦カントリー倶楽部は、土浦開発株式会社が経営するいわゆる預託金会員制のゴルフ倶楽部であって、その会員は、同倶楽部の所有者である右土浦開発株式会社に対し、同倶楽部のゴルフ会員権、すなわち同倶楽部が管理・運営するゴルフ場施設の優先利用権及び据置期間経過後の預託金の返還請求権を有するものであること、本件会員証は、右土浦開発株式会社が右土浦カントリー倶楽部の会員に対して発行するものであるが、その表面には、「本証は記名者が土浦カントリー倶楽部の個人(または「平日」、「法人」)会員であることを証明する」なる記載及び証券番号の表示があり、またその裏面には、入会金額(すなわち預託金額)が表示されているほか、単なる証明文書・証拠証券としては全く必要がないと考えられる裏書欄(譲渡人署名押印欄・会社譲渡承諾印欄等)が設けられていること、いわゆるゴルフ会員権は、各ゴルフ会社所定の必要書類を添付したうえ会員証または預託金証券(本件会員証とほぼ同一性質のもの。預り金証券ともいう)の裏書または交付という方法により自由に取引されており、その売買を斡旋し、あるいはこれを担保として金融をする業者も少なくなく、これらの業者は同業者の組合ないしは協会を組織し、互に連絡をとりつつ会員権の相場表を発行し、あるいはその取引希望価格をゴルフ雑誌等に広告するなどして社会一般に宣伝し、これがその市場価格を形成していること、そしてその価格は、一般に会員が優先的に利用し得るゴルフ場の設備、交通の便、環境、会員数の多寡、ゴルフ場ないしはゴルフ倶楽部に対する社会的評価等によって決められているのが現状であって、券面額をはるかに上回り、券面額の何倍という高額であることも珍らしいことではなく、それは、まさにゴルフ場の優先利用権の価値であるといって妨げないものであること等の事実が認められるのであって、右認定の本件会員証の記載の形式・内容、ゴルフ会員権取引の実態によれば、本件会員証の発行会社である土浦開発株式会社自体、本件会員証により会員権が転輾流通することを予定していると考えられること、更に現実の取引社会においても、会員証は前記内容の会員権を表彰する財産的価値ある証券として取引の客体とされていることが明らかであり、従ってまた、本件会員証がその真正性に対し、単なる私文書以上に特別の厚い保護を要すべきことも明らかである。

そこで権利の行使の点についてみると、ゴルフ場施設を優先的に利用するためには、原則として携帯会員証(パス券)の呈示が必要であることは、弁護人所論のとおりであるが、前掲の証拠によれば、これは、継続的・反覆的に権利を行使する会員のために、その都度、会員証を携帯し呈示する煩をはぶき、会員証の紛失等の危険を減少させるための便宜の措置であること、右パス券は、本件会員証に基づいて作成される会員名簿に掲載された者だけに発行交付されるものであることが認められるので、これらの事実によれば、右権利の行使には、間接的にではあるけれども、本件会員証の占有を必要とするものと解される。もっとも、前掲の証拠によれば、会員証を持っていても名義書替がなされない限り優先的にゴルフ場を利用しえないことが認められるが、これは多数かつ変動する会員を画一的に取扱うため、このような規則を採用したことの必然の結果であり、記名株式の社員権行使の場合にも同様の取扱いがなされている(商法二二四条以下)のであって、このことは、会員証の有価証券性を何ら左右するものではない。また、前掲の証拠によれば預託金返還請求権を行使するには、通常、本件会員証を土浦開発株式会社に呈示することが必要とされていることが認められるので、右権利の行使に通常本件会員証の占有を必要とすることは明らかである。ただ、同証拠によれば、本件会員証を紛失した場合、除権判決等の手続を経ることなく、警察等の発行する証明書等により再発行されていたことが認められるが右事実は、右権利の行使に通常、本件会員証の占有を必要とすると解する何らの妨げとなるものでもない。

更に権利の移転についてみると、会員権を移転するには、本件会員証の外に入会申込書、譲渡承諾書、委任状、印鑑証明書等の書類をゴルフ倶楽部に提出したうえ、同倶楽部理事会の入会承認を得ることが必要なことは弁護人所論のとおりである。しかしながら、会員権を移転するには、少くとも本件会員証の交付が必要であることは証拠上明らかであって、その際その他の書類をも必要とするからといって、そのことが直ちに本件会員証の有価証券性を損わせるものとは考えられない。また会員権の移転に右承認手続を要する点についてみると、前掲の証拠によれば、本件会員証の発行会社である土浦開発株式会社を含む殆どのゴルフ会社において、右譲渡承認を拒否したことはなく、右承認は全く名目的なものであったこと、また現実の取引社会においては、本件会員証の裏書交付のみによって会員権の譲渡や担保権の設定が行なわれていることが認められ、更に権利の移転に会社理事会の承認を要することは、典型的な有価証券とされている株券についても行われている(商法二〇四条一項但書)ことなどを合せ総合すれば、会員権の移転に右承認を要することは、本件会員証を有価証券と解する何らの妨げとなるものでもない

以上検討のとおり、本件会員証は、その記載と取引上の慣習と相まって、少なくとも、預託金返還請求権及びゴルフ場施設の優先利用権が証券に表彰されているものと同様に取引の客体とされているもので、その真正性に対し、単なる私文書以上の厚い保護を必要とするものと認められるから、刑法上の有価証券に該当すると解するのが相当であり、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

一  罰条

1  判示第一の各事実につき、別紙犯罪一覧表の各番号の事実ごとにそれぞれ刑法二四六条一項

2  判示第二の各事実につき、同表の各番号の事実中、

各会員証偽造の点につきそれぞれ刑法一六二条一項

各同行使の点につきそれぞれ刑法一六三条一項

3  判示第三ないし第五の各事実中、各会員証偽造の点につきそれぞれ刑法一六二条一項

各同行使の点につきそれぞれ刑法一六三条一項

各詐欺の点につき、判示第三及び第五はそれぞれ刑法二四六条一項、判示第二は同条二項

二  科刑上一罪の処理

1  判示第二の各偽造と各行使につきそれぞれ刑法五四条一項後段(同表番号13、14の一括行使につき、さらに同項前段)、一〇条(犯情の最も重い同表番号10の行使罪の刑で処断)

2  判示第三ないし第五の各偽造と各行使と各詐欺につきそれぞれ刑法五四条一項後段(判示第五の会員証九通の一括行使につき、さらに同項前段)、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第三の行使罪の刑で処断)

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)

四  未決勾留日数の算入

刑法二一条

五  没収

刑法一九条

(裁判官 松本昭徳)

〈以下省略〉

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